北陸予防医学協会 野村邦紀
<資格>日本医学放射線学会専門医
日本放射線腫瘍学会認定医
日本超音波医学会指導医
<職歴>元富山県立中央病院放射線治療科部長
元富山大学附属病院放射線治療科診療教授
<趣味>45歳で始めたゴルフ(ベストスコア99)
22歳で始めた琴古流尺八(師範)
はじめに
現在、がん(癌腫と肉腫)の治療として、国内のがん診療連携拠点病院で必ず施行されているのが、手術、抗がん剤治療(化学療法)と放射線治療(放射線療法)です。手術と放射線治療が局所治療、静脈からの抗がん剤投与が全身治療です(主に放射線科が主治医科から依頼されて施行する、腫瘍を栄養する動脈から抗がん剤を投与する動注化学療法という治療があり、これは局所治療です)。通常、局所治療と全身治療を組み合わせることが多いのですが、3種すべてを併用する場合(集学的がん治療)も増えています。
早期がんと診断された方に、それでは放射線治療で治しましょうと自信を持って言えるようになったのは、ここ10年ぐらいのことです。かつては、標的(がん本体や転移したリンパ節)に精密に充分な線量を、副作用が残らないように照射することが難しく、放射線治療をすると言えば、末期がん患者さんの骨転移による痛みを取るとか、脳転移を制御して予後や症状を改善するなど、対症的治療というイメージでした。しかし、近年では画像診断の進歩、放射線治療計画装置・照射装置の著しい進歩により、完全治癒を目的とした放射線治療の適応となるがんの種類が増え続けています。
放射線治療って怖い?
日本では、がんと診断されて最初に受ける治療の割合は、放射線治療が25%程度です。一方、米国では66%の患者さんが放射線治療を選択します。治療効果が同じ程度で、切らずに臓器を温存できるのであれば、手術ではなく放射線治療を受けようという訳ですね。日本は先進国のなかでは、放射線治療の利用率が最低ランクなのです。何故でしょう。これは、世界で唯一の被爆国である我が国では、原爆→被爆(被曝)→放射能→放射線という連想が根強くあることが一因であると思われます。
治療に使われる放射線には、種々のものがありますが、95%以上の患者さんで用いられるのがX線です。これは、胸部X線写真、胃部X線撮影、CTなどで使われるX線と全く同じものです。明日CT検査の予定だけど、X線といえば放射線だし、何か副作用がでたらどうしようと不安で眠れないという方は一人もいないでしょう!ところが放射線治療となると、身体が弱る、髪が抜ける、火傷のような日焼けをするなどの噂が、真実しやかに流れているのです。これらの噂の元は、原爆の後遺症として白血球数が減少し免疫が低下した被曝者が多くでたこと、放射線治療と併用することの多い抗がん剤治療で脱毛が起こることが多いこと、かつての低電圧の治療機では皮膚線量が大きく潰瘍や出血を伴う皮膚炎を生ずることもあったことなどと思われます。これらは、現在の放射線治療では、もはやあり得ません。副作用を残さずにがんを完全治癒させることが放射線治療専門医の役割なのです。この専門医は、全国で1,200名しかいません。富山では現役の専門医は8名です!佐渡ヶ島の特別天然記念物「朱鷺」よりも数が少ないのです。石を投げて苛めるとお巡りさんに捕まりますよ!
X線治療の代表的な治療期間は土日祭日が休みで6週間、30回の照射です。では1回の治療で、X線が照射される時間はどの位でしょうか。何と1分弱です。呼ばれて治療室に入り、検査着などに着替えて照射台に寝て、治療を受けて、身繕いをして治療室を出るのに7〜8分です。したがって、放射線治療のみの治療であれば、外来通院が普通です。入院したとしても、副作用を減らすために24時間毎に、同じ時間に治療するので、治療の7分以外の時間は暇で暇で仕方がないのですね。
どうですか?皆さん。思ったより楽そうでしょう!今後、健診で見つかる癌について、具体的に説明をする予定です。次回は乳癌の乳房温存療法について、第三回は食道癌の根治的放射線治療について、第四回は子宮頸癌の標準治療である放射線化学療法(放射線治療と抗がん剤治療の同時併用療法)についてです。治療の概要、治療期間、治療費などについても説明します。今回は早期肺癌のラジオサージャリーです。その前に放射線治療自体の解説の続きです。
放射線治療の種類
1.リニアックと呼ばれるX線と電子線の2種類の放射線を発生させる機械を用いる治療が最も多く施行されます。(図1)
(1) 3次元原体照射:4方向以上からの照射で、がんの形に合わせた照射域を作成します。まず治療計画用のCTを撮影し、専門医が腫瘍や正常臓器を同定します。そして高機能な画像作成ソフトを用いて、例えば癌の部位を赤く、あまり線量を照てたくない肺や脊髄は、それぞれ青や黄色などに色分けします。腫瘍に必要十分なX線の量が照射され、かつ周囲正常組織に過剰な線量が照射されないように、それぞれのX線束の角度や形を決定します。これが現在の放射線治療の基本です。
(2) 強度変調放射線治療:5あるいは7,9方向から腫瘍の形に合わせて、照射域を作るのは上記の原体照射と同じですが、原体照射が照射域内のX線分布が均一であるのに対し、強度変調照射ではコンピュータを駆使して照射域内に濃淡を作り、照射線量を抑えたい隣接正常臓器の線量を低下させる治療法です。危険臓器(多くの線量を照射すると副作用が残る可能性が大きい臓器)の線量を下げることにより、がんへの線量を増加させることが可能となり、治療成績が大きく向上しました。前立腺癌、頭頸部癌、脳腫瘍などに多用されます。この治療の専用機(ロボットマシン)がTomoyherapyです(図2)。富山大学附属病院に導入されています。
(3)定位的放射線治療:3cm以下の大きさの早期がんに細い線束のX線を7るいは9方向からピンポイントで集光照射する治療法です。呼吸によって腫瘍が動く場合などに、動体追跡などの技術を併用して照射します。3cm以下の大きさの早期の肺癌、肺転移、肝がんなどに多用されております。早期肺癌の治療成績は手術に劣りません。この治療の専用機がCyberknifeです。富山サイバーナイフセンターに日本海側有唯一の装置が稼働しております。
2. 密封小線源治療:ガンマ線をだす小さな線源(現在ではφ1mmのイリジウムワイヤー)による内照射治療です。アプリケータという細い管を体内に設置して、身体の内側から照射する方法です。子宮頸癌や前立腺癌に対して用いられます。ガンマ線が1cm程度しか治療域がないことから周囲臓器への副作用の少ない、したがって1回線量を上げることが可能です。子宮頸癌では、X線治療と併用して、病期?b –?bの標準治療法です。
3. 非密封小線源治療:アイソトープによる内照射法です。甲状腺癌術後再発・リンパ節転移・多発肺転移、甲状腺機能亢進症 などに、ベータ線とガンマ線をだす放射性ヨードを服用してもらい治療します。甲状腺がヨードを取り込む能力があることを利用した方法です。
4. 重イオン治療(粒子線治療)
(1)陽子線治療…進行肝がん、肺がん、前立腺癌、小児がん、その他に使われます。水素の原子核(陽子)をサイクロトロンなどで加速して、腫瘍に照射します。線量分布がよく、X線では1回2Gy(グレイ:放射線治療の線量の単位)という線量で照射されることが多いのに対し、一回2.6GyE(グレイイクイバレント:粒子線治療ではX線治療などと区別するためにイクイバレントを付けます)など1.3倍の線量を安全に照射できるという利点があります。その分、治療効果が向上する訳です。現在国内では17施設で施行されています。中部では、福井県立病院、名古屋陽子線治療センター、成田記念陽子線治療センター、相澤病院(松本市)で施行されています。関東では国立がんセンター東病院、筑波大学で施行されています。
(2) 重粒子線治療(炭素線治療)…肉腫などの難治性がん、膵がん、小児がん、その他 に使われます。炭素の原子核を加速して、腫瘍に照射します(図3)。X線治療と比較して、炭素線のがんに対する効果は、3〜4倍とされており、腫瘍効果は極めて高い治療です。がんの種類によって治療は1〜4回で済みます。正常な組織への障害を最小限に止め、がんの部位のみを狙い撃ちし、通常の放射線治療では完全治癒が難しい放射線治療抵抗性のがんにも威力を発揮する治療法です。しかし現時点では、小児がんを除く他のがんでは300万円程度の自己負担が必要です。小児がんに対しては、陽子線・重粒子線治療が、他の治療法と比較して明らかに有効性が高いことが証明され、平成28年4月から保険が効くようになりました。現在、千葉の放射線医学研究所、群馬大学、神奈川県立がんセンター、大阪重粒子線センター、兵庫県立粒子線医療センター、九州国際重粒子線がん治療センターの6施設で治療が施行されています。日本が世界をリードする分野です。
(3) 中性子線捕捉療法…脳腫瘍、頭頸部がん、悪性黒色腫、骨軟部肉腫、その他に適応されます。がんがホウ素を取り込む性質を利用し、標的(ホウ素を取り込んだ腫瘍)に中性子線を照射すると、その部位からα線が励起され治療できる方法です。α線は数ミクロンしか飛ばないため、がん細胞には効果を与えますが、周囲組織には影響がないという夢の治療法です。中性子線を使うには、従来、原子炉が必要でしたが、陽子線や重粒子線の加速用のサイクロトロンやシンクロトロンがあれば、中性子線を発生させることができるようになったのです。したがって陽子線・重粒子線の施設などで臨床適応が始まっています。京都大学、筑波大学、南東北病院(福島県)、国立がんセンター中央病院などで施行されております。
各種がんの放射線治療第一回
早期肺癌の放射線治療〜ラジオサージリー〜
リニアックは回転しながら、さまざまな角度で照射することが可能です。また患者さんが寝ている治療用ベッドも様々な角度に移動できます。これにより胸の斜め上から、左右横から、あるいは背中の斜め下からなど、3次元的に肺内の腫瘍にピンポイントに集光照射(ラジオサージャリー)ができるようになり、治療成績が向上しました(図4、図5)。広範囲に照射する必要がなくなり、副作用も少なくなりました。
肺癌は、横隔膜の動きで腫瘍も動いてしまうので、動きの対策を行います。なるべく小さく照射する方法としては、息を吐いている時だけに照射する「呼吸同期法」、毎分2?の酸素を吸ながら、息を止めて照射する「息止め法」、気管支内視鏡で金粒子を埋め込み、わずか先の癌の動きを予測して照射する「動体追跡法」の3つがあります。
線束の方向や形を決める治療計画においても、動いているがんの病巣を通常のCTで撮影しても、不正確な形にしか撮れません。そこで呼気の時、吸気の時、などと分けて病巣を撮ることができる高精度CT(16列CTなど1回転で16枚のCTが撮れる)で、呼吸によるがんの最大の動きが正確に把握でき、従来のように広範囲に照射する必要もなくなりました。
治療は富山大学では、月曜から木曜日までの連続4日間で、毎日午後に行います。7方向であれば、7回の照射を行うことになります。1日の治療は約1時間です。通常、呼吸器内科に入院していただきますが、中には家が近いなどの理由で外来通院で治療される方もおられます。1時間4日連続で終了です。
肺がんが3cm以下のステージIa 期では、外科手術と放射線治療の治療成績はほとんど同じです。5年生存率(がんに対する治療後5年間に再発や転移がなければ完治したとされます)80%程度です。また外科手術に比べて、患者への侵襲(しんしゅう)が小さいのも特徴です。治療関連死は定位的放射線治療では報告がなく、治療後の後遺症も極めて希です。
診療費は35万円ですが、保険が効きます。3割負担ですと、高額医療費助成の適用となり、約8万円を超えた額は払い戻されます。
富山大学附属病院、富山県立中央病院では、富山県内外の病院から紹介があります。地域連携室という病院間の紹介部門もありますし、富山大学、富山県立中央病院には放射線治療科にセカンドオピニオン外来もあります。この治療を希望され、適応がありそうだという場合は、主治医の先生に紹介してもらってください。放射線治療専門医が治療の適応の有無の判断、治療の詳しい説明などをしてくれます。
次回は乳癌の放射線治療を、なるべく具体的に解かり易く説明します。
写真付き詳細原稿は、こちらです。↓