メンタルヘルス コラム

2019年01月07日

〈わが国のE型肝炎について―最近の知見から〉 平井 信行医師

 E型肝炎は、E型肝炎ウイルス(HEV:1本鎖RNA型ウイルス)の感染によって引き起こされる病気ですが、以前は、主に東南アジアやアフリカなどの衛生環境の整っていない発展途上国で繰り返し起こる流行性肝炎で、日本国内には常在せず、汚染地域に旅行した人の持ち帰る稀な輸入感染症のひとつと考えられていました。

 古くから、発展途上国では大規模な水系感染(感染した人の糞により上水が汚染され、これを生で経口摂取することのよりおこる感染)の存在が知られていましたが、その原因ウイルス(HEV)に関しては、1983年に電子顕微鏡でウイルス粒子が見つかり、遺伝子配列が明らかになったのは1990年で比較的最近のことです。こんな中、E型肝炎の血清診断ができるようになり、感染流行地への渡航歴がないのに発症する散発性のE型急性肝炎症例も見られることが分かってきました。ここ10数年、ウイルスのゲノム診断技術が発達するにしたがって、E型肝炎には、従来考えられていた流行性の輸入肝炎とはまた違った、地域に土着した人畜共通感染症という側面もあるということがわかってきて、世界各地に衛生環境の整っている地域にも常在化している感染症であることがはっきりしてきました。 

 このような違いは、ウイルスのサブタイプによっている可能性もあります。現在、HEVには?型から?型までのサブタイプがあることが知られていますが、このうち、?・?型は人にしか感染せず、主にアジアやアフリカに古くからある流行性感染に関与しているとされています。一方、?型は欧米やオセアニア、日本など広く世界に分布し、また、?型は中国、日本、ベトナム、インドネシアなどのアジア地区で確認されており、いずれもいろいろな動物(ブタ、イノシシ、シカ、ウサギなどがよく知られていますが)を介しての(人以外での動物での感染は不顕性感染と考えられています)人畜共通感染を起こし、その地域に土着(風土病としてのE型肝炎)しているとされています。

 また最近の報告では、中国の一地方で、乳牛にもその地域に土着の?型のHEVウイルスの感染が発見され、感染した牛のミルクにも感染性ウイルスの排出が確認されたというショッキングな報告もされています。また、この検出されたウイルスに対しては、普通の低温殺菌では消滅せず、100度の煮沸によってようやく不活化されたとのことであり、さらには同地区で市中販売されている低温殺菌ミルクの検査でも同様にHEVウイルスゲノムが検出されたとも記載されています。日本ではまず大丈夫と思いますが、比較的身近に存在している可能性もあり、注意が必要かもしれません。

 ウイルスの感染ルートは、やはり流行性肝炎を起こすA型肝炎と同様に、水や食物による経口感染ですが、ごくまれにウイルス血症を起こしている供血者からの輸血を介しての感染も報告されています。

 ウイルスに感染すると、多くの人では臨床的な肝炎は発症せず、不顕性感染に終わるとされていますが、一方、2-8週(平均6週)間の潜伏期を経て肝炎を発症すると、免疫能が正常な人では一過性の急性肝炎を起こします。ちなみに日本では、2011年にIgA型のHEV抗体の測定が保険収載されて一般臨床での急性E型肝炎診断例が増加し、現在ではA型肝炎の年間報告数を上回り、最もポピュラーな急性ウイルス性肝炎となっているようです。

 急性肝炎を発症するとそのうち一部の人に重症肝炎や電撃的な劇症肝炎といった命にかかわる肝炎を起こすことがあります。E型肝炎では劇症肝炎(死亡率は80%以上)になる率がほかの肝炎よりやや高い(といっても高率ではありませんが)と考えられており注意が必要です。従来、サブタイプI・?型の流行地では比較的若い人で特に妊婦さんが妊娠後期に感染すると高率に重症化し20%くらいの致死率があるといわれていますが、一方、我が国や先進国での人畜共通感染では、逆に高齢男性の発症例が多く、高齢者に劇症化例も見られるとされています。

 また、従来E型肝炎は一過性の急性感染(急性肝炎)のみと考えられていましたが、最近、主に欧州から、臓器移植患後で免疫抑制状態にある患者さんでは高率にHEV感染が慢性化することが報告され、放置すると約1割の患者さんで肝の線維化が急速に進行し、肝不全で不幸な転帰をたどるとされており、これらの方には慢性E型肝炎の適切な診断や、免疫抑制剤の減量の検討およびインターフェロン治療や種々の抗ウイルス療法(剤)などの対処法の整備が必要と考えられています。

 人畜共通感染としての感染源として、我が国では食肉用のブタが重要で、ブタは集団飼育されると、3カ月齢ではほぼ感染するようです。しかし、感染は不顕性の一過性感染で、出荷されるころの6カ月齢では血中ウイルスはほとんど検出されないとされていますが、わずかに残存例もあることが知られており、またブタレバーの検査では数%でウイルスが検出されるとのことですので、十分な注意が必要です。

 また、我が国でも飼育されているブタ以外にも、野生のイノシシや感染頻度は低いのですがシカなどの動物への感染が確認されており、これらの動物の肉や内臓を十分に加熱しないで食べることにより感染し、発症する肝炎が見られています。

 特に2003年4月、兵庫県で発症6-7週前に野生シカ肉の刺身を食べた2家族の7名中4人に急性E型肝炎が発症し、同じ家族でもシカ肉を食べていないか少量しか食べなかった人は発症しなかった事が報告されました。さらに、患者さんの血中から検出されたウイルスゲノム配列が、冷凍庫に残されていた残りのシカ肉から検出されたものと一致したことより、我が国から世界で始めてE型肝炎の人畜共通感染症が直接に証明された事例となりました。また同時期にイノシシの生キモ(肝臓)を食べた初老の男性2人が発症し一人は劇症肝炎を発症して死亡された事例も報告されています。

 日本でのシカやイノシシの狩猟解禁期間は晩秋から冬期がほとんどです。この時期、いろいろなジビエ肉が供給され、不適切な調理法による経口摂取により、HEV感染機会が増える可能性も考えられます。6-8週間という潜伏期間を考えると、これから春先にかけて、このような肝炎の発症が見られる可能性もあります。また最近、グルメブームの高揚や、エンタメやお笑いなどの行過ぎたアジテーションに乗せられた不適切な奇食行為なども心配で、“美食”の名のもとに、本来は危険な食材や調理法に接する可能性も危惧されるところです。ブタ肉はもとより、シカやイノシシなどのジビエ肉やレバーなどの内臓に対しては、刺身などの生食や不十分な加熱での摂取は絶対にしないで、十分に熱を通してから食べるように心がける必要があると考えられます。

ページトップ